大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和47年(行ウ)126号 判決

原告 山口隆熈

被告 京橋郵便局長

訴訟代理人 下元敏明 ほか六名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事  実 〈省略〉

理由

一  行政処分の成立

原告が昭和四〇年九月に京橋郵便局臨時雇として採用され、臨時補充員、事務員の職を経て、昭和四三年二月一日に郵政事務官に任用され、同郵便局庶務課に配置されていたところ、被告が原告の任命権者として昭和四五年一一月一五日に原告に対し同月一六日付をもつて庶務課から郵便課への配置換を命ずる旨を告げたことは当事者間に争いがない。

二  被告の裁量権

郵政省職務規程(昭和二四年九月五日公達三九号)二条において「郵政省の内部部局、地方支分部局及び附属機関の長は、その機関の事務を統括し、所属職員の服務を統督し、事務の能率的な遂行を図るものとする。」と規定し、また同規程七条二号に定める任命権委任区分により、郵便局長は、所部の職員のうち、主任、職員(役付職員及びこれに準ずるものを除く。)の任命及び昇給を行う権限を有することが規定されていることは原告の認めて争わないところであるから、これに郵政省設置法(昭和二三年法律二四四号)一二条一項及び三項(郵政省の地方支分部局の一として現業事務を行う郵便局が置かれる。)、国家公務員法三五条、人事院規則八-一二(職員の任免)六条一項の各規定をあわせると、郵便局長は、所掌の現業事務の能率的な遂行を図るため、必要と認めるときは、その任命権者として、主任以下の職員の配置換を行うことができる権限を有し、そして、その職員をどのように配置するかは、任命権者の裁量に委ねられた事項であると解すべきである。

したがつて、本件配置換は、被告が右の裁量権を行使したものというべきであるから、その裁量権の範囲を逸脱し又は濫用にわたる場合において違法となるものといわなければならない。

三  裁量権の範囲の逸脱・濫用の瑕疵の存否

1  原告は、本件配置換は原告が従事すべき職務内容を著しく変更するものであるから、原告の同意を得ないで行うことは違法であると主張するけれども、もともと職員の配置換は、その職員の同意を要件とするものでないし、原告が従前庶務課において携わつていた給与係の担当事務も、またあらたに郵便課において従事しなければならない郵便区分け作業も、ひとしく郵政事務官に任用された職員たる原告に遂行すべきものとして割り当てられる仕事であることにかわりはない。原告の右主張は理由がない。

2  原告は、京橋郵便局においては従来局内の配置換、他局への転出等の人事異動はすべてその職員の希望により又は事前の同意を得て行われることが労使慣行として確立されていたと主張するけれども、右主張事実を肯認するに足りる証拠はみあたらない。もつとも〈証拠省略〉によると、京橋郵便局においては、職員の配置換人事に際してその職員の希望を聞き又は同意を得たうえで配置換を発令していたことがあつたが、それも一時期的なものに終つたことが認められるから、これをもつてそのような労使慣行が確立したとみるわけにはいかないし、右のような希望ないし同意による手続で配置換を一時期に行つたことも、かえつて現行配置換制度の実定法上の根拠を蔑ろにする事務処理であり、人事管理上職務怠慢の譏りを免れないものというべきであるから、その非をこそ糾弾すべきであつて、到底原告のいう労使慣行の確立を云云する余地はさらにない。原告のいわゆる労使慣行に反するから本件配置換を違法とする主張も採用の限りでない。

3  原告は、本件配置換については京橋郵便局の業務遂行上の必要性が認められないと主張するけれども、京橋郵便局における現業事務(これが同局の所掌事務であることは郵政省設置法一二条四項の規定により明らかである。)を能率的に遂行するため、原告をどのように配置するかは、前述のとおり、原告の任命権者たる被告の裁量に委ねられた事項に属するから、原告において本件配置換の業務上の必要性がないと前記(事実欄四、3、(一))のとおり主張する事実をもつては、被告の右裁量権の行使について裁量権の範囲の逸脱又は裁量権の濫用があつたとするに足りない。原告の右主張は理由がない。

4  本件配置換は、原告が高血圧症であるにもかかわらず、原告の健康管理上の配慮をすることもなく強行されたものであるから、被告の権限の濫用にあたると、原告は主張する。

しかしながら、原告の右主張も採用しがたい。すなわち

(一)  〈証拠省略〉によると、原告は昭和四五年一一月から昭和四九年八月までの間一五回にわたつて高血圧症により重労働及び夜勤に従事することは不可であるとの診断を受けたことが認められ、〈証拠省略〉並びに弁論の全趣旨をあわせると、原告は本件配置換後医師の診断結果等により郵便課勤務職員としては異例の処遇をもつて日勤勤務(始業時刻午前七時五〇分から午前九時三〇分まで、終業時刻午後三時五五分から午後五時三〇分までのもので、六種類がある。)にのみ従事し、早出、夜勤及び一六時間勤務に服することを免れ、作業種類も通常郵便物の区分け作業などの比較的簡易なものに限定されていることが認められるが、〈証拠省略〉並びに弁論の全趣旨によると、郵政省が職員の健康管理上実施した職員の採用時身体検査(郵政省健康管理規定一四条以下)及び三〇歳時血圧検診(同規程三四条)の結果、原告の血圧値はいずれも正常(昭和四〇年九月採用時において最大一〇二、最小八四、昭和四二年五月三〇歳時において最大一〇八、最小六四)であり、また年一回の定期健康診断(同規程二七条)の血圧検診の結果においても異常は認められなかつたし、原告からも本件配置換にいたるまでは血圧異常の申出はなかつたこと、もつとも昭和四五年一一月四日に特別健康診断(同規程三八条)が実施された際、原告は任意にこれを受けて血圧を測定した結果、最大値一四四、最小値九四であつたので血圧異常者区分において高血圧A(同規程四四条)、判定区分において要指導者(同規程四一条一項二号の(三))とされたが、郵政省組織上職員の健康診断の実施にあたる医務機関から健康診断票等の記録の送付を受けて、郵便局長は対象者たる職員に対する事後措置を講ずるにいたることから、被告は同年一一月三〇日に記録送付を受けてはじめて原告に関する右特別健康診断結果を知つたし、原告も本件配置換の処分があつた次の日すなわち同年一一月一七日に上司の内藤庶務課長に対しはじめて高血圧症である旨を告げたことがそれぞれ認められ、右認定に反する証拠はさらにない。そして、職員は、健康診断(定期、特別及び臨時)以外の場合において、要指導者以上の判定区分、又は高血圧A以上の血圧異営者区分に該当するものと診断されたときは、すみやかに所属長に届け出なければならないのであるが(同規程五五条)、それはともかく、右の認定事実に弁論の全趣旨をあわせると、原告が採用時いらい本件配置換時までの間右のような届出をしたことが絶えて無かつたことが明らかである。

右のように認めることができるから、被告が本件配置換を発令すみにあたつて原告が高血圧症者であることを検討する余地はなかつたといわなければならない。したがつて、原告の高血圧症につき配慮することなくして本件配置換が行われたからといつて、被告のそのような措置を非難するのはあたらない。

(二)  〈証拠省略〉及び弁論の全趣旨を総合すると、郵政省の職員の健康管理に関する取扱いのうえで、血圧異常者区分により高血圧Aとされた者に対しては、日常生活の規律、節制及び食餌に留意させるとともに、すくなくとも四か月に一回医師の血圧測定その他必要な治療及び指導を受けさせ、血圧値の上昇の防止に努めることなどが健康管理医(郵政省医務機関に配置される。)の指導事項であり(同規程四九条一項一号、二項)、また判定基準により要指導者と区分された者とは、就業はさしつかえないが、過激な勤務を避け、長期にわたり注意観察を要する者のことであつて(同規程四三条二号の(三))、これに対しては、必要に応じ、普通の勤務でよいが、なるべく深夜の勤務その他過激な勤務を命じないようにし、適当な生活指導を行うほか、必要な治療を十分行わせることが所属長の措置事項である(同規程一項八号、三号)ところ、原告は郵便課において比較的軽易な作業(通常郵便物の区分けなど)に従事し、かつ、夜勤(深夜作業にわたるいわゆる一六時間勤務を含む。)をいつさい避けさせていること、高血圧Aとは、血圧異常者区分基準により、血圧値最大一五〇から一七九まで、又は最小九〇から一〇九までの者であるが、他の高血圧B、高血圧Cに比べて最も低い段階に属する軽症者を指称する(同規程四四条別表第八)ところ、原告の場合、最大一四四、最小九四であるから、最大値は正常であるのに、最小値において僅か四だけ基準を超える程度にとどまる底の高血圧Aでしかなく、原告自身同月一一日の血圧測定では最大一一六、最小八六を記録して正常な血圧値(最大一〇〇から一四九まで、最小八九以下)の範囲にあつたし、本件配置換時において郵便課職員二〇三名中二〇名が高血圧Aに属し、そのうち一七名の者は早朝及び夜勤勤務にも服していたことが認められる。

かように認められるから、他に特段の事情のない限り、原告が高血圧症であることの故をもつて本件配置換を不当視することはあたらないと解すべきである。

5  原告は、被告が本件配置換の発令に際し、なんらの事前通告をもせず、原告を局長室に呼んでいきなり辞令を読み上げてその発令をしたといつて非難するけれども、職員の配置換については、もとより事前通告を要するものではないし、発令に際し辞令を読み上げたからといつて格別これを異とするに足りない。また原告は、被告が本件配置換について苦情処理にもかけないという一方的態度に終始しているといつて非難するけれども、〈証拠省略〉によると、原告は苦情処理委員会の事務担当者中野某に対して本件配置換に関する苦情の申告を申し出たが、右申告の受付を担否されたことが認められるし、その業務処理上被告と苦情処理機関とはかかわりがないのであるから、原告の右非難はいわれのないものというべきである。

四  不当労働行為該当の瑕疵の存否

原告は、本件配置換は原告が全逓信労働組合の組合活動家であることの故をもつてなされた差別待遇にほかならないと主張する。しかし、本件配置換についていわゆる不当労働行為意思が被告にあつたことを直接に証明するものはないし、右の意思存在を推認するに足りる的確な証拠もみあたらないから、原告の右主張は理由がない。

五  結び

以上の理由によれば、本件配置換は、行政処分として、違法のかどはないといわなければならない。

よつて、原告の本訴請求は失当として棄却し、訴訟費用の負担について民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 中川幹郎 原島克己 大喜多啓光)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例